映画『オッペンハイマー』は、日本人に何を問いかけるのか?

堤伸輔が映画『オッペンハイマー』を語る

怖い映画だ。

観ているうちに、主人公のJ・ロバート・オッペンハイマーに感情移入していくからだ。

映画を観て、登場人物に感情移入する──ふつうなら、喜ぶべきことだろう。それは、映画のストーリー・テリングや人物の描き方、演技が上手いからであり、また、自分が「人に共感する」能力をもっていることの証明でもあるからだ。

第二次世界大戦中、原子爆弾の開発を進めたアメリカの「マンハッタン計画」。それは、1945年7月16日に行われた実験の成功で、実戦投入の段階に入る。そこに至るまで、物理学者のオッペンハイマーは、研究仲間との対立や米軍との軋轢を始めさまざまな苦難を乗り越え、この計画の陣頭指揮を執る。いよいよ近づく実験の日。なんとか成功させてやりたい──。

はっとわれに返る。

私でも、歴史は知っている。この実験が成功するということは、それから間もなく、広島と長崎に原爆が投下される、ということだ。合わせて何十万人もの日本人が、業火に焼かれて命を失い、生き残れても後遺症に苦しみ、子孫にもその辛い影響が残ることもある。長崎に住む私の友人のように、いまだに定期的に薬を飲まなければならない人も……。

実験は成功してしまった。原爆は両都市に投下されてしまった。もう歴史は変えられない。しかし、今日いまでも、たとえ映画館の中でだけでもオッペンハイマーに感情移入して実験成功を願ったりしてはいけない──。途中から、感情移入を抑える、いや、しない努力を自分に命じながら、私はこの映画を見続けた。

作品賞を始めアカデミー賞で今回最多の7部門を受賞したこの『オッペンハイマー』だが、日本人は、外国の観客とはまた少し違った観点から見ることを迫られる映画だと思う。

難しい映画だ。

おもに3つの時制を行き来しながら、ストーリーは進む。戦前のイギリス留学に始まりマンハッタン計画の推進役を米政府から委ねられ、ニューメキシコ州ロスアラモスに研究所を築き原爆実験へと突き進むオッペンハイマーの人生。戦後、アメリカを覆った「赤狩り」すなわち共産主義者とのレッテルを貼った上での人物排斥の暗雲に巻き込まれて聴聞会(1954年)に呼び出される主人公。その庇護者かのごとく見えながら、水爆開発に反対する主人公と対立し“恨み”を抱くルイス・ストローズの商務長官任命承認公聴会(1959年)。この3時制の間で場面転換しながらの描写に付いていくには、はっきり言って「事前勉強」が必要だ。

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